昔の人たちは、仏門に入ったり、山に隠って修行したり・・・ 世俗的な時間を捨てることで、悟りへの道を進んでいきましたが・・・ ヌースフィアが近づいてくるにつれ、 世俗的な時間の中でも、悟りを得ることが可能な瞬間をたくさん目にします。 つまり、毎日の24時間 すべてにゴロゴロしています。 例えば・・・・・ 「食器乾燥機の中の食器」 今日も「ガチャン!」 明日も「ガチャン!」 毎日のように 中の食器が、大きな音を立てているのをよく目撃します。 そのうちに、割れたりもするようですが・・・・ なぜ、音がするの? 答は簡単。 取るべき食器から手をつけているのではなく、 自分が取りたい食器から手をつけているから。 至って単純な答えです。 乾燥機の中の食器が、どのような状態かは関係なく、 自分なりの片づけの「思い」があって、 やりたい順番があって、それを通そうとするから。 もしくは、これを取ったら、他のこれはどうなる・・・というのが察することができないか・・・。 食器の気持ちになれば、「私から取って~!」って言っているかも知れないのに。笑 その声に気づけなければ、永遠に「ガチャン!」は続きます。 そして、そのうち、割れる・・・。 昔、よく遊んだ、砂山崩しみたいなものです。 今から、30年前に、初めて「食器乾燥機」を使ったとき 「ああ・・・自分の思いを通すと、まわりが迷惑したり、壊れたりするんだな・・・」とか 「ちゃんと見ないと、突然壊れてびっくりするんだな・・・」とか 気づいた高校生の頃の私の「プチ悟り」です。 今、音を聞くたびに、「ああ゛・・・食器が・・・・」と思いますが、 やっている人は、そこまで、気が回りませんから・・・・。 気がつくまで、辛抱です。 言えば簡単なこと。 でも、自分で気づくことに意味がある・・・。から。 年齢と共に、黙って見守ることも 今の自分のレッスンです。 そんな風に、すべてに悟りがあります。 ・・・ということは、すべてに「宇宙」があるということです。 ニンジンから宇宙ならぬ 食器乾燥機から宇宙・・・ ガリレオが望遠鏡で宇宙の扉を開いてから、今年で400年。 すべてのことに、「どうして?どうしたら?」と思うことが 感動的な悟りとの出会いの始まりなのかも・・・。
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