豚インフルエンザの感染拡大ニュースに合わせて 対応に追われ、大忙し。 もともと食事の前に手を洗うという習慣も無い(らしい)アメリカ。 日本で、どうしてそこまで大騒ぎするのか、理解できないようです。 感染すら「アメリカ型自己責任」というところなのでしょうか。笑 パンデミックといえば、「スペインかぜ」ですが・・・・ 世界人口の3割が感染したと言われる「スペインかぜ」 じつは、太陽の黒点周期とパンデミックや経済活動が関係していることご存知でしたか?
今。 同じく太陽の黒点が無い周期に入っていてます。 そんなことからも、「虫の知らせ」を感じられる私たち。
今日は、JR福知山線脱線事故から4年。心から、ご冥福をお祈りいたします。 東京へ行き、電車に乗ると、今でも、滞在中必ず一度は思い出す事故です。 ある日突然・・・ そこに関わる多くの人たちの人生が、一転することになった日。 そして、癒えることのない、忘れることのできない、時間が続く人たち・・・。 毎日の時間がどんなにか長いでしょう・・・ 一日も早く、意味のわからない出来事としてのままではなく、 それぞれに意味のあったことになるようにと、祈るばかりです。
心から、ご冥福をお祈りいたします。 そして、長い長い時間に安らぎのもたらされる日が来ることを、お祈りいたします。 ある日突然、人生が180度変わってしまうこと。 記憶の限り、自分の人生にも、何度か経験があります・・・。 テレビの番組も、家の回りも、昨日とは何も変わらず時間が流れているのに 自分の時間だけが、突然、全く違ってしまっていること どんなにあがいても、昨日に戻ることはできない、その残酷さに 涙すら流れない時間です。 どうしてなのか、意味を理解することもできずに、 どうしていいのか、わかるはずもなく・・・。 日々、漠然と、1ヶ月後、半年後を思いながら生きていたことがようやくわかり、 そして、それが無いかもしれないことの意味の重さが、ずっしりと心に。 ようやく、「命」とか「生きる」ことがリアリティになります。 同時に、数分の間に、物心ついたときから昨日までが ビデオの早送りのように、目の前に顕れます。 よく、死ぬ瞬間に見ると言われるものって、これだ・・・と思いながら その時は見ていました。 この地球上では、日々、そんなドラマがあちらこちらで、繰り広げられています。 どこかで、誰かが、ある日突然・・・を体験している毎日。 人の数だけ、ドラマがあって、 人の数だけ、人生がある。 草なぎ剛さんが逮捕されました。 彼も一夜にして、時間が変わった人ですね。 0学で見ても、変わる必要がある時期で、 「思ってもみないことが、初めてのことが起きる時期」です。 だとしたら、運命通り、必要な時期に必要な体験をしたことになります。 また、私たちの世界では、「そうした本人」もいるけれど 「そうさせた誰か」も見ていきます。 オーガニックオーダーの中で、深くは、前世や過去世の記憶までもを辿ります。 すると・・・・ やはり、彼の体験は、なるべきして、起こったこと、に収まります。 では、なぜ??? 何のために??? それに早く気づけば、大きなチャンスになりますし、 学ぶことがなければ、相変わらずの人生が流れ始めます。 実は、私が、「ある日、突然」を経験したときも、 同じ時期でした。 「思ってもみないことが、初めて、起こっていく時期」というのがあって、 ぴったりその時期に、そのことが起きていきました。 それがあって、今がある。 運命って、面白い。 目先のことだけに一喜一憂せず、 真のエッセンスを見つけられるようにしていきたいものです。 朝の来ない日は無いのですから。
今日は、何かと「過去」と接することが多かったのですが・・・・ 気づきました。 今日もまた、「今が最高」と思えている自分。 1週間ほど前にも、同じ事を思いました。「今が最高」って。 でも、今日になったら、今日が最高・・・と思っている自分。 きっと、明日になったら、また、「今が最高・・・」って思い 明後日になったら、また、「今が最高・・・」って思っているのだろうな・・・と。 決して、楽でも、平和でも、安泰でもありませんが。 どんどん、頼まれごとが増え、さらに、どんどん引き受けごとを増やし 脳は飽和状態で、問題も山積みですが、 でも、自分に何かを問いかけると、自分の中の何かが「今が最高」と感じていて、 戻りたい・・・とは思うものが無いことを確認できます。 それは、歳を重ね、戻れないということが身に染みたからでしょうか。 それとも、記憶が本当に「過去のもの」となったからでしょうか。 それとも、戻りたいと思うこと自体が、本当に無意味ということを知ったからでしょうか。 そして、 どの経験も、どの体験も、どの記憶も、無駄に思えるものが無くなったということ。 どれも、かけがえのない財産だと、静かに思えること。 そして、思い出しました。 一枚の絵 <受胎告知> すべてのことを 一旦、許す・・・ 理解できることも、そうでないことも 愛おしさと、慈しみをもって、包む込む そんな豊かさから生まれる微笑み 懐かしさを感じるその表情に惹かれ 生きていたことを。
先日、アメリカから一通の封書がやってきました。差出人は娘から。 封を開けると、大きなうさぎのカードと どれもこれも楽しそうにしている写真のアルバム。 ←うさぎが卵をもっているカード。 イースター(復活祭)のお祝いらしい・・・。 「生まれる」というところから、卵、 多産なのと、飛び跳ねる様子が生命の躍動を 象徴するということで、卵とうさぎは、 イースターのシンボルらしいですよ。 カードを開くと、「お母さんの人生は、ほんとに山あり谷ありの・・・・・・と始まり (中略)・・・・社会にたくさんお返しができるように最善を尽くしますが、どんな結果になっても裁判は起こさないでください。自由気ままな娘より」とありました。
人は、社会に役立つために生まれる。 社会の一員として、無くてはならない人として存在していくべき。 それを成し遂げるために、私はあなたを育てているのだと言うのが私の口癖。 ただ、役立とうにも、自分の才能や役割を自覚できなければ、使いようがありません。 なので、彼女がその才能や役割にできるだけ早く気づけるように、 親として、精一杯の役割を果たしているに過ぎないのです。 そして、こんなに投資をしたのだから、その分、社会にお返ししないと 損害賠償裁判を起こすからね~というのも私の口癖。笑 小学生の時に、誰も知り合いのいないツアーに一人で参加して海外へ行きたいと言ったとき 1週間ほど眠れなかったことがあります。 単に、かわいい我が子としてチャネルを合わせれば、心配で行かせられない。 でも、一日も早く自立させ社会の一員にするという目的にチャネルを合わせれば 行かせた方がいいに決まっている。 でも・・・という葛藤に悩んだ時間を今も鮮明に記憶しています。 行かせることを決めた私に「冷たい親」とおっしゃる方も何人かおられましたが、 満面の笑みを浮かべて、関西空港のゲートを出てきたときには、 行かせてよかった・・・と思ったものです。 高校生の時のホームステイもそうでした。 出発してから一週間ほどは、玄関の靴を見るたびに、「ああ・・いないんだった・・・」と ウルウルしていたものですが ある日、「私はお母さんの子供に生まれて良かった」とメールがやってきたときは 淋しさや心配を優先させなくてよかった・・・と思ったものです。 そして、今。 便利な世の中になりましたから、遠く離れていても、 パソコンの電源を入れたかどうかがわかります。 「オンライン」というサインを見て、今日もちゃんと生きているね・・・とホッとする時間です。 そうやって、遠くから見守る愛みたいなものを、リアリティのあるものにしている「今」 社会人として巣立つまで、あと少し・・・ 最後のラストスパートというところですが、 これから、落ち込んで撃沈することがあっても、 このカードを見て、キリストのように3日目には復活したいと思います 笑 ありがとう。
ホメオパシーという英国では医療として行われている自然療法には いろいろなものへの対処が可能とされています。 日本でホメオパシーをエネルギッシュに伝えていらっしゃる、由井寅子先生。 その先生のセミナーに「死に方セミナー」というのがあります。 ~生あるものは死にゆく~ これは自然の法則ですから、だれも逃れることはできません。 では、何ができるのか? それは、どう死ぬかを選ぶと言うことです。 そして、同時にそれは、どう生きるのかを選ぶことになります。 私たちは、個々が人生の目的を持ち、それを成すために生まれるとして それを協力するために、家族だとか、仲間だとかと出会います。 ところが、「死に方」をしっかり選ばなければ、 結果、足の引っ張り合いみたいのことが生まれ始めます。 執着。 生への執着、肉体への執着、愛への執着 これらが、以外と大きく影響していくことが多いのです。 長く生きればいいというものではないことは、誰もが理解している。 でも、現実は違います。 どっぷりと執着の中に入り込んでいきます。 それは、親も子もです。それがまた、孫に受け継がれ・・・因縁となります。 家族って何でしょう。 さまざまなことが変化する過渡期にある私たち。 そもそも家族って何だったのかを見直す時が来ているなぁ・・・と 最近、つくづく思います。 家、先祖、お墓・・・諸々のもの 「愛情」を履き違えると、単に囚われの世界へと入り込みます。 個々の目的が何かをはっきりしないうちに、 目先のことに囚われると、共に過ごす時間が、因縁の囚われになってしまうこともあります。 一緒にいればいいというものでもないし、 離れていてもいいというものでもない。 答えはそんなことに無いからです。 個人が、大切なことに、しっかり目覚めていなければ、 常識、非常識に囚われたり、まわりからの批判に一喜一憂したり・・・。 家族とは、個人が社会で役立つことをサポートするためにあるのです。 寅子先生曰く、 「子供に面倒をみてもらおうなんて思う親がいっぱいになったから この世の中、ダメになるんです!」 機会があったら、ぜひ、ご参加されてみるといいと思います。 大笑いの中で、たくさんの気づきが得られます。 明晰な人であれば、その日から生き方が変わるでしょう。 家族への思いや、見方、対処も変わるでしょう。 そして、素敵に生きる時間、 社会の多くの人のために役立っていく時間が訪れるでしょう。 宇宙に帰ったとき、「良くできました!」の桜マークスタンプがもらえますように・・・。