昨日、久しぶりにお会いした方。 昨年末から、ご家族が次々亡くなられて、3回もお葬式があって大変だった・・・と。 「生」や「死」「寿命」 って シンクロの魔術のように思います。 生あるものは死にゆく これは、絶対に避けられない宇宙の法則。 私たちは、その中で、時間を過ごしているだけですね。 どうしても、私たちは「死」を忌み嫌います。 家族や仲間とも、できるだけ長く一緒にいたいと思います。(一部例外もありますが 笑) 「命」の短さを悲しみや悔いに感じたりもします。 でも、大抵は、「シナリオ」があって、その「青写真」みたいなものによって プログラムされていく人生です。 そこには、「転生」の回数というのが課題になっている魂もあって、 とりあえず、1回のカウントをすることが目的の場合は 早めに人生を終え、その目的を果たすことになります。 0学鑑定では、それが面白いくらいに、紐解けたりします。 どうしても残された家族は、惜しむ心を持ってしまい マイナスなこととして評価しがちですが。 少し、スピリチュアルな見方で見つめ 目的を達成できたことを讃え、次の転生を楽しみにしてあげることも必要です。 なぜなら、今世が短いほど、また、同じ家族のもとに生まれたりしますから。 スピリチュアルな世界では「体外離脱」というのがあります。 これは古くから、シャーマンとかメディスンマンと呼ばれる人達が行っていたヒーリングで 生きながらにして、肉体を離れることです。 変性意識、トランス状態になるのですが、そうなると、普段、見えないものも見え面白い。 感情や個人的なエゴなどを交えることなく、現実を見ることができるからです。 きちんとした変性意識は、現実と幻想との区別がつかなくなることはなく、 ちゃんと覚醒した状態で、そうなります。 だから、ちゃんと社会に順応しながら生きられますから、ご安心を。 ナチュラルマインド瞑想を目をあけたまま行うのも、そんな意味がありますね。 目に見えるものだけを大切にし過ぎた文明の限界 私たちがこれから進むヒントがそこにあるように思います。
今日、金沢まで往復したら、車の走行距離総数がとうとう22万キロを超えました。 ユダヤの神秘学では 22ってとても意味のある数字ですが あ・・・と、思って見たら 220005 で、その瞬間は、しっかり見逃したのでした。笑 乗り始めて11年。 特に号泣の場はすべて車の中。 誰も知らない・・・というより 誰にも想像もつかないほどの号泣ぶり ここ1年で、無くなりました。 それは、ある「期待」「夢」「願い」「望み」をやめたからです。 何年も、ずっとずーーーーーっと思ってきたものを、潔く、やめたら、泣く時間も減りました。 よかった、よかった☆” 愛 とは 与える質を持つ。 感謝 とは 受け取る質を持つ。 愛するばかりでもだめだし、感謝ばかりでもだめ。 バランスよく・・・ という話しだったのですが。 確かに「愛」がいっぱいの人は、惜しみなく無条件に与える質を持ちます。 「感謝」がいっぱいの人は、惜しみなく無条件に受け取る質を持ちます。 そうでない人は、本当にその真逆のことが多いですね。 22は 個人の領域を越え、社会(宇宙)へと向かう数字です。 スペクトルの月 22を越えてヌースフィアへ・・・・。 我が家は庭先一面に、スズランがいっぱいになりました。 スズランって、花びらが無くて、風船みたいになっているんですよね・・・
夜、思いがけずかかってきた一本の電話 ある人が、私を気づかってかけてくれた電話でした。 仲間ってありがたい・・・。 彼女の声は「天使」みたいでした。 彼女が、優しさと愛に溢れていること あらためて、よくわかりました。 電話を切って、時間が経てば経つほど、 自分がその電話に救われたことがしみじみとわかる・・・・ 本当にありがたい・・・・ ありがとう。 贈ってくれた優しさと愛を 明日から、また、たくさんの人に分けるからね・・・・ たくさんの天使の羽にギフトをつけて、たくさんの人に届けるからね。 遠く離れているので、なかなか会えないですが、 それが今の自分にできる、精一杯のお返しです。
先日、東京へ行ったとき、シンクロの魔術により ある「集い」に誘われて参加してきたのですが、 東京駅で、大好きな「短く切ったガーベラ」を見つけました! そう。なぜか、「短く切ったガーベラ」が大好きなのです。笑 ガーベラは茎を短くすると、輝く! というのが持論です。 今から26年前、ふっと思いついた髪飾りがピンクのガーベラを使ったもので お花屋さんに行って、イメージ通りのものをわざわざ作ってもらったことがあります。 実は、その時に、初めてその花の名前が「ガーベラ」だと知ったのですが。 「集い」はガーベラの花言葉(崇高美・究極美)にふさわしく 美しき日本人の魂に惚れ込み、 真剣に社会や日本を輝かせたい!と思っている熱き仲間たちでした。 しっかりと花開く日がやってきますように・・・・。
職種に関わらず、仕事=「サービス」=人のために尽くすこと 私たちのような仕事は、まさしくその行いそのものがその仕事だったりしますが、 例え事務職であっても、製造業であっても、 人を楽にしたり、人を楽しませたり、人を喜ばせたり、元気にしたり・・・ 同じ事です。 そして、その結果、いろいろなものが手元に集まることになっていくようです。 集まるものは、人によって違うのですが・・・。 でも、単純な宇宙の仕組み。 最近、まわりを見ていてよく思うのは、ちゃんと「仕事」している人とそうでない人、 仕事=サービスに、努力と工夫を惜しまない人と そうでない人との差が、大きく開いて行ってること。 ここに生まれている格差社会は、「気」の使い方による格差。 人を喜ばせた、人を楽しませた格差です。 さすが、精神圏=ヌースフィアが近づいているな・・・という感じです。 グレゴリオ暦になってから続いた文明、テクノスフィア(技術圏)では、 権利を主張することで、あるいは、何かを傷つけたり、 破壊したり、犠牲にしながらでも 経済を得ていくことが可能でしたが、ヌースフィア(精神圏)では、もう無理ですね。 生みだすために努力をした分だけ、 あるいは、生みだした分だけ、循環とふれ合っていける・・・。 だから、さっさと切り換えて、徹底してあらゆる人を楽しませ、喜ばせる必要があるのかも。 ポイントは、自分の置かれている条件に関係なく、です。 何かがある、ない、こうだったらできる、できないも関係なく。 長い間、ただ、時間をお金に変えるような仕事のやり方をしてきた社会。 文明が変わるのですから、当然、仕事のしかたも変わりますね。 そういうと、私はやっているのに、とか、どれだけやれば合格ですか?と おっしゃる方がおられますが、残念ながら、それは、誰とも比べられません。 その人、一人ひとりの人生の課題の量があり、必要な体験があります。 ですから、Aさんが、10の気を使い、がんばって何かを得たとしても Bさんはその10倍の100で何かを得ていくことになったり、 Cさんは1で良かったり・・・。 人生って不思議です。100人100様の人生。 もう、潔く、さっさと自分の望む結果が出るまでやるしかありません。笑 そして、自分の行っている量は、自分ではなかなかわからないものです。 そのために、仲間がいます。 残念ながら家族ではなく、仲間のようです。 仲間が、まだ足りないように評価したら、つべこべ言わず、素直に聞いて やってみるのがいいみたいですよ。 なぜなら、私のもとには、そんなミラクルな報告がやってきているから。 ある人には充実感、ある人にはお金、ある人には仲間が集まってきています。 逆に、何もしない人のところには、何も変わらないのではなく、 どんどんと、潮が引くように「空しさ」や「貧困」「孤独」な時間が訪れています。 残念ながら本人はやっているつもりだから、引き潮は止められない・・・ ・・・という事は、自分で止められるということなのですが・・・・・ 中途半端な気遣いではなく、中途半端な親切でもなく 究極の、完璧な「気遣い」を目指してみてはどうでしょう・・・。 コズミックダイアリーでは 3番目の銀河の音「電気の」に サービス(奉仕)、アクティベータ(活性化する)、ボンド(つなぐ)という キーワードがあります。 電気のように、目に見えないものもしっかり感じ、 人の心を明るく照らす行いが、自分自身の「命」をつなぐことになるように思います。 素敵なシンクロを・・・。