6月30日は夏越しの大祓。 こころの大掃除。 みなさまは、どのように過ごされましたか? 私は、いつものように、もろもろの罪穢れを祓い給え、清め給え・・・・ですが 昨日は、半年ぶりだけど、すっかりお見通しですね というほど、シンクロしたお話。 私たちは、つい現象にココロを囚われがちですが どんな現象も、自分の解釈が重要であって 自分の解釈次第 ・・・・という話。 そして、その勝手な解釈によって、人のココロを乱す罪・・・という話。 いい学びと気づきの時間。 おかげで、これからの道もハッキリと決まったことがたくさんあります。 そして、ふと気づいたこと。 今、使っているオーラソーマボトル 大天使ラツィエルのメッセージと同じということ。 ボトルを使うって、こういう事なんですよね。。。ホント。 これは、使った人にしか楽しめないギフトですが 自浄作用を最大に活性化させて 残りの6ヶ月を。。。
昨日は、一日、湿気が多くてジトジト・ベタベタでしたね。。。。 アーユルヴェーダでは、カパという質が増えるので どうも、調子が狂います。 それは、自分の中にもともとあるカパが一気に増殖されるから 笑 トドのようになっていく自分が見えたりして(トドごめんなさい) なんとか、この湿気を楽しむ方法は無いかと模索中。。。。 ところで、ロイプリの自動ドアが最近、不調になりやすい・・・・ 最初は、寿命かな とか 思っていたのですが 修理を依頼すると、調査するだけで何万もかかるというのを聞いてから 寿命だと言っている場合じゃないと、こちらの方のスイッチが入り・・・ 笑 まず、なぜ、壊れるのか・・・を毎日、毎日、考えてみたんですね。 それは、私の原点、人はどうして病気になるのか と同じです。 だって、壊れるのと壊れないのがあり 壊れるときと、壊れないときがあるとしたら・・・・ みなさま、生き物だけが有機だと思ったら大間違いですよ。 一見、無機質に見えるものにも、命が宿っていて、会話ができます。 この数ヶ月、毎日、自動ドアと会話する女になってみました。 こちらも何とか、復帰していただこうと必死です。 まずは、インラケチ! 自動ドアの気持ちになる。 次に、表明=顕れ。 何が何でも、復帰して欲しいことを伝える。 すると、聞こえてきます。 自動ドアとは・・・ なぜ、壊れたのか・・・ どうしたらいいのか・・・ で、その通りにやってみると、ちゃんと、治る。 そうなると、自動ドアが愛しくなって、ドアを開ける度に、 「頑張ってくれて ありがとう」と思う。 そして、また、改めて、人間って凄いな・・・と思い 宇宙の法則は凄いな・・・と思う。 おかげで今では、 自動ドア屋さんでもないのに、自動ドアの仕組みを語れる人になりました。 もちろん、それは、私だけの理論かもしれません。 でも、自動ドアとココロが通じた感覚が妙に嬉しかったりする・・・ 昨日は、それに加えて、貧乏でよかった・・・と思いました。笑 人は、不足なものがあるから、それを埋めようと努力するのです。 その努力が、その人の生きる知恵となり、生命力となって、 多くの人に、分け与えても無くならないエネルギーとなります。 思い通りにならないと、嘆いているばかりでは、チャンスにはなりませんが 自分にとって、切実な問題であればあるほど、必死になれるのですから ホントに、ホントにチャンスです。 自分で、自分の人生を切り開くチャンスなのです。 昔、波動分析のオペレーターをやっていたとき ありとあらゆるもに「こころ」があることを実感しました。 それも「相性」というのがあって、 その人の潜在意識がモノに伝わります。 不思議に思うかも知れませんが 日本人は、もともと、すべてに魂が宿るとした、八百万の神の文化を持ちますから あまり抵抗なく、受け入れることができます。 困ったら、その時がチャンス。 人との会話ばかりに気を取られないで、 じっくりとモノと会話してみましょう~! 素敵なギフトが訪れますよ。
13番目の月 宇宙の月が始まりました。 存在 越える 持ちこたえる コズミックダイアリー出会って、6年目の「宇宙の月」ですが 「産道を通り抜けるように、ひとつ越えてみましょう」という メッセージが、これほど実感できるのも、初めて。 そう。私たちは、日々の小さな出来事の中でも 大きな宇宙の中でも、 産道を通り抜けるように、ひとつひとつ越えている。。。 それは、 越えるチャンスといつも一緒だと言うこと。 そして、どんな風になると越えた実感を味わえるかと言うこと 苦しみ、辛さ、不快さなどの、目の前にある望まないものからは 自分の意識によってしか越えられないと覚悟すること。 誰かが何かに気づいてくれることで でもなく 誰かが何かをしてくれることで でもなく。 覚悟が決まっている人には、 周りじゅうのあらゆる存在や出来事が、それを助けるサポートに見え 覚悟が決まっていない人には、 周りじゅうのあらゆる存在や出来事が、それを妨げる障害に見える。 産道をくぐり抜けるように・・・ 産道ですよ! 生む方も、生まれる方も、楽なわけがない。 あの痛~い陣痛だって、宇宙のサポートです。 それを、暗いし・・・とか、窮屈だし・・・とか、自分のペースで進めないし・・・とか 言っていたら、ただの苦しみだけです。 笑 私たちは、日々、できない理由を並べたがります。 それも、 暗いからと暴れ、窮屈だと暴れ、思い通りにならないと、周りじゅうに負のエネルギーを撒散らし 心地いい環境じゃないから、仕方ないでしょ! と 負のエネルギーを撒き散らすことを正当化してしまうことも。 人間だから、誰もがそんな時もあるのですが、 ずーーーーーっと っていうのは、常に変化を繰り返していく自然の法則から 離れているような気がします。 せっかく、奇跡の連続で繋がってきた「命」なのに もったいないなぁ・・・と思います。 生みの苦しみがあっても 生み出す方も、生まれる方も、越えたときのビジュアライズがあるから 越えられるのです。 今、目の前にある苦しみを感じることに時間とエネルギーを注ぐよりは 越えたときの喜び、至福感をしっかり感じることに 時間とエネルギーを費やしていくことが大切です。 大変なこと、辛いこと、苦しいこと、嫌なこと、悲しいこと、むなしいことを どんなものにできるかは、 ひとり一人のココロと意識に委ねられているのです。 あくまでも、自分がナビゲーターです。 みんなで 越えましょう! 宇宙の月 28日間の始まりです! ヌースフィアへの道。。。。
昨日、懐かしい方とお話しすることができました。 人のご縁って不思議ですよね。 人生には、数え切れないほどの出会いがあります。 袖触れ合うも多生の縁 とか 縁なき衆生は度し難しとか言いますが すべては、ご縁のあるところからしか、始まりは無いのです。 そして、縁無き者は、お釈迦様であっても救えない。 そのご縁。 どんなご縁にするかは、自分次第だということを もう一度考えてみることが大切だなぁ・・・と 昨日、懐かしい人とお話ししていて、そう思いました。 縁なき衆生は度し難し・・・ 人の忠告を聞き入れない者は救いようが無いということ。 そんなふうには、なりたくないといつも自分が思うこと。 そのご縁、どうしたいの? 続けたいの? 終わらせたいの? 平和にしたいの? 争いにしたいの? 昨日は、お店がお休み。 でも、そんな時に・・・という「ご縁」があります。 私はそんなミラクルなシンクロを心から喜べる人なので その「ご縁」に思いを馳せ楽しみます。 滅多にお休みにすることがないので、 余計にワクワクです。 今は、ツイッターという便利なものがあって 「今日はお休みですが・・・」とつぶやくと 表明=顕れ ちゃんと、お店の前でバッタリ! 30秒ずれていたら会わなかったね!という ミラクルな出会いが生まれました。 ほらね。。。笑 昨日は、一つ一つが奇跡のような出会いであることを 本当に大切にしている人と、久しぶりに再会し 学ぶことが多かった一日でした。 そんな時に、ふと思い出した詩「雨にも負けず」 そういうものに わたしは なりたい で締めくくられるこの詩は 娘が幼稚園の頃、暗唱して以来 いろいろな場面で思い浮かぶ詩ですが、これもご縁。 平和じゃない自分の心に気づいたら 「どういうものに わたしは なりない?」と問いかけてから 人とお話ができるようにしてくれた詩。 思い出す度に、「ご縁」を感じます。 自分にとって思い通りになる「ご縁」ばかりを 選びがちですが、 そうじゃないご縁にこそ、自分の心を見られる鏡があります。 嫌なことをする相手を見ているのでなく、 それを嫌だと思う自分を見ているだけ。 私は、どのご縁も、 多くの人に真の平和と喜びを生み出す種にできるようなものになりたい。 「雨ニモマケズ」
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち
慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず
野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしは なりたい -宮沢賢治-
今日は、水晶の月の水晶の日。 月と日の銀河の音が重なる日を「魔術のカメの日」と呼んでいます。 協力 捧げる 普遍化する 「親切」という名前のオーラソーマボトルが割れて始まった水晶の月も あと3日です。 私たちは、何らかの「グループ」に所属しています。 家族であったり、職場であったり、街であったり・・・・ 今、娘が学生を終了したので、毎日、毎日「働くとは・・・」の繰り返し。 毎日がミニセミナー状態です。笑 「もう、同じ年で親になっている人もいるのに、甘えるな!」が口癖になりつつ・・・。 基本、仕事は自分で作るもの。 初めて会う人との間でも、自分の役割を見いだし、即、仕事は作れます。 「何をしたらいいかわからない」とか「そこのやり方がわからない」とかは 多くの場合、やらない理由づけに過ぎない。 「自分に何が合うのか」「自分のすべき事は・・」「自分に何ができるのか」 考えることはとても大切なのですが、 どうも、なにか、はき違えていく人が多いのだと、最近よく思います。 でも、そんな身近な現実が、 「働くとは」を教えるのに好都合な、リアリティのある内容になっていきます。笑 昨日もある人とお話をしていましたが、やっぱり「働き方」の話。 「なんかさぁ・・・ 私に何ができるのだろう・・・とか 私のすべき事は何だろう・・・とか、ここのやり方がわからなくて・・・と言いながら 3年経っている人がいるんだよねどうしたらいい?」という相談。 そんな人は、意識のパラダイムシフトが起きない限り、 一生、わからない・・・で終わっていく。 働くって協力するってことなのですが、 先日、こんな風景を目にしました。 どの人にも、自分の予定ややりたいことがある。 ところが、その他にしなければいけないことがいっぱいになりました。 さて・・・。 ある人は、喜んでしなければならないことを優先させます。 より多くの人のためになることは、何かを見極めたからです。 もう一人の人は、どうしたらわからないので どうしたらいいか聞き、仲間が望むことをしてあげることにします。 そして、ある人は、不機嫌になりその場から離れようとします。 それを見ていて、ほんの些細なある日のある時間の出来事ですが しっかり生き様をあらわしているなぁ・・・・と。 良い悪いはありませんが、仲間がたくさん集まり 賑やかな人生を送っていくのは、最初の二人です。 笑顔も充実感もあふれ、いい循環を生み出しているのも最初の二人です。 そう思うと、人って、やっぱり「関わり」の中で生き、生かされているよね・・・と思います。 私たちは、日々、やらなければいけないこと、やりたいことがいっぱいです。 でも、今、この瞬間、どのグループの一員として 自分の役割を担い、果たしていくべきかを、自覚しながら過ごしてみたいですね。 それが上手に生きることであり、上手に時間を使うと言うことだと思うのです。 水晶の月もあと3日。 惜しみなく協力を捧げてみませんか? それは、誰かへの協力ではなくて、本当は自分への協力だということに 気づいていくかも知れません。 エゴを持ったまま、「自分の声」を聞いても、 なんとなく、うまくいかないものです。